1998/1/19学内公開 1999/5/6学外試験公開 名城大学教職課程部 伊藤俊一
このページは、本学で平成9年度に学芸員課程を開設した際、学内向けに学芸員資格の解説をするために作成したものですが、どうも「学芸員」という仕事をよく知らないまま学芸員課程の履修を希望する例も見受けられるようなので、より多くの方々の理解を求めるため、試験的に学外にも公開することにしました。
以下の内容は学芸員課程担当教員の一人である伊藤俊一の個人的見解によるものであり、本学の公式見解を示すものではありません。また筆者の知識は主として歴史系博物館に限られます。
もし不正確な点がありましたら、ご教示ください。
より詳しい情報を得るには、「博物館の博物館」にアクセスすると良いでしょう。この中に、「学芸員への道」というQ&A集が開設されました(1999/9/5)。
ご意見・ご感想は、公界(掲示板)にご投稿ください。
そうです。日本の博物館法での博物館の定義は非常に広く、動物園、植物園、水族館、科学館、天文台なども博物館に入ります。美術館ももちろん博物館です。ただしすべての植物園が博物館と言うわけでもなく、面積・開館期間・学芸員の数などについて、所定の条件を満たした施設が正規の博物館と認められます(これを登録博物館と言う)。また博物館法の適用を受けない国立博物館などで、一定の基準を満たすものを「博物館相当施設」と呼びます。さらに、この両者にもあてはまらないが、博物館としての活動をしている施設を「博物館類似施設」と呼びます。(→資料)もどる
学芸員の一番の仕事は博物館の展示をすることです。一言で展示といっても、実際はいろいろな仕事の積み重ねで、
- 展示の企画
- 資料の収集
- 資料の補修・標本化・複製品作成
- 資料の整理・目録作成
- 資料の保管・管理(温湿度管理・害虫防除)
- 他館・個人蔵資料の借入れ交渉
- 借入れ資料の輸送・搬入
- 説明ラベルやパネルの作成
- 展示図録の作成(原稿書き・写真撮影・編集作業)
- 広報の企画・実施
- 展示会場の設営
- 展示替え作業(会期中に展示物を入れ替える)
- 展示会場での解説・講演会(一般・学校・団体向け)
- 展示会場の撤収・資料収納
- 借入れ資料の返却、
などから成ります。また資料の収集や借入れも簡単な事ではなく、所蔵者と何度も面倒な交渉を繰り返さなければならないことも多いのです。資料の輸送も、国宝を宅急便で送るわけにはいかないので、壊れないように梱包した後、専門の運送業者のトラックの助手席に乗って高速道路を走るのも仕事のひとつです。
その他に最近多くなって来た仕事として、
- 小中高生対象の体験学習や、成人対象の教養講座を企画し、講師をつとめる。
- 市民から専門分野についての相談を受ける。
という仕事があります。地域住民との交流は、資料の情報収集の意味もある大事な仕事です。
また公立博物館の学芸員は、その自治体の公務員でも在るわけですから、
- 自治体の文化財保護や自然保護関係の調査や行政に関わる。
- 環境・観光・生涯学習などを意識した自治体のまちづくり政策の立案にも関わる
という役割も果たすことが期待されています。
こうした仕事をするためには、専門分野についての深い知識が不可欠であり、何かテーマを持って専門分野についての研究を続けることが必要です。研究は人脈を広げるためにも役に立ちます。また、地域社会と学界との両方の人脈を使って、どこに何があるのかの情報を集めることも資料収集・借用の前提となる仕事です。
このように学芸員の仕事は多岐にわたり、大変多忙です。分業してもいいはずなのですが、後で述べるように、一つの博物館に置かれている学芸員の数はたいへん少なく、一人でいろんな業務がこなせなければやっていけないのが現状です。もどる
これは大きな間違いです。学芸員の仕事をするには多くの人と協力したり交渉することが不可欠なので、人と話すのが嫌いという人は困ります。ただし学生のころは内向的で目立たなかった人が、学芸員になったら口八丁手八丁のやり手に変貌した例は結構あり、本当に博物館の仕事が好きなら、今までの性格はあまり心配する必要はありません。やりがいを持って仕事をする事は、どんな心理療法や宗教よりも人を変えるものです。もどる
私は大学附属博物館で展示の仕事や博物館実習生の指導をしていたことはありますが、一般の博物館で学芸員をした経験はありません。ですから知人の仕事を見聞きしながらの想像も入りますが、まず自分が好きな分野について研究しながら仕事ができるという魅力があるでしょう。次に例えば古文書が本当に好きな人なら、大学教授と比べても本物に触れる機会が多い学芸員の仕事は魅力でしょう。
また一般の事務職と比べると、学芸員の仕事は自立性が高く、上司にあれこれ命令されることがなく、自分の考えで仕事を進める事ができるのも魅力でしょうし、仕事の結果が展示などの形で見える事も大切だと思います。また、展示や教育普及活動で、直接に人々から反応を受けることができる、というやりがいもあります。
ただし自分の好きな事だけを研究しておれば良いのではなく、ある町に歴史の学芸員が一人しかいなかったら、たとえ専門が鎌倉時代であっても、その地域の縄文時代から現代までの歴史が扱えなければなりません。自然系でもチョウが専門だから、カブトムシはわからないという言い訳は通用しません。博物館は社会教育のための施設なのですから、教育的配慮のもとに仕事をしなければなりません。また学芸員は、この世に二つとない美術品や貴重な動植物などの文化財を次の世代に伝えるという責任を負っていることも忘れてはなりません。
一般には、学芸員課程を設置している大学において、博物館法施行規則に定める科目の単位(博物館実習を含む)を取得して資格を得ます。この方法で資格を取る場合は認定試験の受験や実務経験は必要ありません。資格証明書は、当初は文部省が発行していましたが、今は各大学が発行する事になっています。
もちろん、学芸員資格はあくまで「学芸員の仕事をすることを許される資格」であって、学芸員になるには博物館に採用されなければなりません。もどる
文部省が実施する試験認定の制度があり、博物館学、教育原論、視聴覚教育などの博物館に関する科目と、文化史、生物学などの専門分野の科目の試験が年に一度行われます。しかし実務経験が無い受験者については、一年間学芸員補の職に従事した後に試験認定合格者とするという規定があって、一般には試験認定の全試験に合格しても、学芸員補としての実務経験を積まなければ資格が得られません(学芸員資格取得の解説などでこの点を記していないものが多いので注意を要します)。
つまり、試験認定の制度は、事実上、学芸員資格がないままで博物館に採用された人(→別項参照)を対象にしたものになっています。また、「無試験認定制度」もありますが、その道の大家を認定するもので、一般には縁がありません。
放送大学でも博物館学の授業は部分的に行われていますが、博物館実習も含めた資格取得の道は開かれていません。
残った手段は、仏教大学や玉川大学で行われている通信制大学の学芸員課程を履修する事です。ただし、二重学籍禁止の規制があり、大学や大学院在籍中に、別の大学の通信課程に入学する事はできません(単位互換協定があれば別)。また通信教育でも、博物館実習はスクーリングで行なわれており、1週間ほど泊まり込みをする必要があります。もどる
博物館法には学芸員補は「学芸員の職務を助ける」職として定義されています。学芸員補資格というものは特になく、「大学に入学できる者」(一般には高校卒)は誰でも学芸員補になることはできます。ただし、今の博物館では、採用時に学芸員資格を持っていなかった人が資格を取るまでの間、一時的に学芸員補や学芸技師などの職名を使っているだけで、仕事の内容も待遇も正規の学芸員とほとんど変わらないようです。もどる
これは博物館の設置形態や分野によってまちまちです。県立や大都市の市立博物館で歴史・人文系の場合は正職員の学芸員が10〜20名くらいいると思います。自然系の場合はもっと多くて50名くらいいることもあるようです。小さな市町村の場合は1〜3名くらいのところが多いでしょう(必ずしも自治体の規模によるのではなく力の入れ方によって全然違います)。私立の場合はよくわかりません。また学芸員が一人もいない「博物館」もあります。学芸員がいなければ正規の博物館とは認められないのですが、正規の博物館でなくても「博物館」と名乗る事は禁じられていないので、こんなことが起きています。もどる
(1)公立博物館の場合
一般の公務員や教員については毎年採用試験が実施されますが、学芸員については定期的に採用試験があるわけではありません。学芸員の採用は欠員の補充か、博物館の新設・拡充の際に行われます。その場合は教員や一般職員として採用した人の中から、学芸員資格を持っている人を部署の配属・移動という形で学芸員に採用することがあります(中小自治体に多い)。また県立や大都市の博物館は、一般の採用試験とは別に学芸員の採用試験を実施することが多いです(最近は中小自治体もこちらの例が多くなって来ています)。
採用試験の実施はその自治体の広報に掲載され、応募要項が役所に置かれます。採用数は1〜2名ということも多いのでポスターなどは作られませんが、学芸員の養成をしている大学には通知をすることが多いでしょう。
採用試験では一般教養のほかに、博物館学の知識と、募集する専門分野の知識や技能が問われます。現状では専門分野の方に重点が置かれる場合が多いと思います。例えば考古学分野なら土器の計測、文献史学分野なら古文書の読解といったところでしょうか。また大学の研究室に推薦してもらう場合もあるようです。
また正職員としてではなく、嘱託や非常勤の形で採用することもあります。
(2)私立博物館の場合
よくわかりませんが、公立と同様に採用試験をしたり、大学の研究室に推薦してもらうことが多いと思います。また資格を持っている社員から希望者を募って移動させることもあるでしょう。嘱託や非常勤もあります。もどる
公立博物館に正職員として採用された場合はその自治体の職員(公務員)になり、公務員の身分保証と俸給体系が適用されます。私立の場合は設置した会社や財団法人の職員となります。また最近は、公立博物館でも、運営を財団法人に委託する場合があります。非常勤や嘱託の場合は待遇はまちまちです。もどる
基本的にはそうです。ただ、学校の場合は教員免許を持ってないと、よほどのことがない限り教壇には立てませんが、博物館の場合はそれほど厳密ではありません。大きな博物館では、専門分野についての知識を優先して、学芸員資格がなくても学芸員補や学芸技師として採用し、仕事をしながら資格を取得させることも行われています。もどる
あまり期待しないでください。生涯学習社会へ移行しつつある現在、今後も博物館の新設や拡充は続くと見られますが、現状では学校教員が100万人くらいいるのに比べ、学芸員はせいぜい5,000人ほどしかおりません(→資料)。毎年300人ほどのペースで増えてはいますが、実際のところそれほど学芸員に就職する機会があるわけではないでしょう。また今のところ一般企業、公務員や学校教員の採用に際して、学芸員資格の取得が評価されることも、特別な場合を除いて期待できないと思います。
ただし、教員や公務員を目指す人にとっては、採用された後に博物館に移動する可能性があり、自分のキャリアの選択肢を広げる意味はあります。中でも学芸員と教員の仕事は補い合う部分があり、両方の資格を取っておく事にはメリットがあります。ただ履修が極めて大変になる事は覚悟しなければなりません。
また、研究職に興味があって大学院に進学しようと考えている人は資格を取得しておくと良いでしょう。公立学校の教員に成るには必ず採用試験に合格しなければなりませんが、学芸員は大学の研究室の推薦だけで就職できてしまう場合があります(宝くじに当たるようなものですが)。最近は修士課程卒(見込)以上対象の公募も増えていますが、資格を持っていないと応募すらできません。また非常勤や嘱託の形でも、博物館の仕事は勉強になるアルバイトとして貴重です。もどる
一般には学部時代に学芸員資格を取った後、専門分野の大学院に進学する事が近道だと思います。現状では、学芸員資格は学部時代に取っておいた方が良いでしょう。それは修士課程の2年間では実習を含めた全単位を取得するのが難しく(課程を受講できるかどうかもわからない。本学でも未定)、突然に就職の話が来た場合、その時に資格を持っていなければチャンスを逃すかもしれないからです。
もちろん大学院に進学したからと言って学芸員になれる保障はないので、慎重に考える必要があります。また他大学の大学院の場合、研究室の選択によっては入ってから大変なようで、情報収集が必要でしょう。
ただし、大学院は博物館関係の情報が集まりやすいという有利さはありますが、進学しないと学芸員に必要な知識を身につける事ができないというわけではありません。学部卒でも、博物館や教育委員会の非常勤や嘱託の仕事を地道にこなしながら実績を積んで行くことで、正職員に採用される道もあるのです。ただし不安定な身分を長い間続ける覚悟がいります。
一般の公務員・教員として採用してから博物館に配属する自治体については、まず公務員・教員採用試験に合格し、その後に博物館への配属願いを出すことになります。ただ今後の流れとしては、学芸員の専門試験をして採用することが多くなって行くと思います。
また究極の手段としては自分で博物館を作ってしまうという手があります。99.999%冗談ですが、例が無いわけではありません(近くでは名和昆虫博物館がその例。またアマゾンに博物館を作ったこんな人もいる)。もどる
ちょっと無理でしょう(商学部を例にとってごめんなさい)。夢を壊すようで申しわけありませんが、水族館の学芸員には,その展示物である魚類等についての専門的な知識が求められます。大学外で本格的な勉強をしていれば別ですが、学芸員として就職することを考えるなら一般には自分の所属する学部の教育内容の延長上で考えてください。不満なら学士入学や大学院進学で補いましょう。もどる
他の項でも述べている通り、現状では学芸員の正職員として就職する道は大変狭いので、学芸員資格はそれほど就職に役立つ資格とは言えません。ですから就職のために資格の数だけでもそろえておこうかという安易な考えの方は学芸員課程を履修しないようにしてください。
ただ博物館が好きだったり、その活動に興味がある方に申しておきますと、正職員としての就職につながらなくても、アルバイトやボランティアの形で博物館の仕事をする機会は今でも結構ありますし、今後は一層増えると考えられます。(→資料)
先の学芸員の仕事のうち、主に展示解説や体験学習・教養講座の講師などを分担してもらうために、各地の博物館は「インストラクター」や「協力員」などの名称で人材を募ることが多くなってきています。これは例えば正職員の学芸員が一人しかいない博物館でも、何十人という単位で募集することもあるでしょう。それに採用されれば、別の仕事につきながら博物館が忙しくなる休日は、セミ学芸員という生き方も可能です。もちろん報酬は期待できませんが、自分の趣味を通じた地域社会への貢献ができますし、博物館と関わる事で色々な便宜や情報を得たり、人脈を広げる事もできます。
また博物館の仕事と言うのはすそ野が広いものです。先に述べた学芸員の仕事のそれぞれは、学芸員だけで完結するわけではありません。展示企画で大学等の研究機関と協力する事がありますし、資料の収集や修復にも外部の機関や業者が関係します。資料目録の作成と公開にはコンピュータ・ネットワーク設備が不可欠ですし、資料の収蔵庫には温湿度管理や害虫防除の業者が関係します。輸送にも専門業者があり、展示会場の設営はディスプレーの会社がかなりの部分をやります。展示図録では印刷業者と交渉し、広報は新聞社や広告代理店が関係し、展示解説や体験学習には学校と共同の作業になり、社会人向け講座では生涯学習センターなどと関係します。館内にはビデオを選んで見たり、タッチパネルで情報を得られる設備がありますが、これにも色々な業者が関係します。また最近はインターネットとマルチメディアによる教育普及活動が盛んになりつつあります。そもそも博物館を設計する時から学芸員の関与がはじまるのが本来の姿です。
学芸員はこうしたさまざまな業者や機関を使いながら仕事をしてゆくのですが、逆にこうした業者や機関(行政機関も含む)の側も博物館の仕事についての知識が求められます。またその知識は例えばテーマパークを作ったりイベントを運営するのにも応用できるでしょう。博物館学の分野でも博物館のテーマパーク化(逆にテーマパークの博物館化)ということが功罪含めて議論されています。近くの明治村やリトルワールドは登録博物館で学芸員もいますが、テーマパークでもあります。もどる